【高齢者の交通事故判例⑩】優先道路を歩行横断中の81歳女性が乗用車に衝突され、骨盤を骨折し右股関節屈曲障害等の症状が残ったため後遺障害等級7級を主張し提訴したケースで、自賠責保険の後遺障害認定(12級)を前提に、付添費、自宅改修費等を含め、850万円余りの賠償金支払いが認容された事例

(令和2年7月1日名古屋地裁判決/出典:交民 53巻4号851頁等)

 

事故状況

現場は、中央線が引かれた優先道路(東西道路)と一時停止規制がある道路(南北道路)が交差する信号機のない交差点で、横断歩道はない。

 

被害者は、南北道路の北側から優先道路(東西道路)に出て、自転車を押して横断歩行していたところ、南北道路の南側から交差点に右折進入した普通乗用自動車に衝突された。

 

事故後の経過

被害女性は、骨盤骨折の傷病名で入通院治療を受け、約1年経過後に右下肢の筋力低下、疼痛及び右股関節屈曲障害の症状につき症状固定と判断され,自賠責保険で後遺障害等級12級7号(「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」)の認定を受けた。

 

判決のポイント

過失相殺の適否及び過失割合

裁判所は、被害者が横断していた道路は交通頻繁な優先道路だったことから、被害者は「通常の道路を横断するよりも慎重に左右の安全確認をすべき義務を負っていた」と述べ、事故当時、被害者が81歳と高齢であったことを踏まえても過失があるといわざるを得ないとして、被害者に過失相殺を適用し、その過失割合を5%と認定しました。

 

②後遺障害等級

事故前の被害者は、踊りや畑仕事に精を出し、ADL(日常生活動作)が完全に自立していたのに、事故後は、入浴やトイレ、寝起きにも介護を要する状態となりました。このため、被害者は、後遺障害12級では不十分で、後遺障害の程度は7級に相当する(労働能力喪失率は56%)と主張しました。

 

しかし、裁判所は、被害者の歩行障害は治療及び通所リハビリテーションの継続により改善し,相当程度自立した状態になったとし、骨盤骨折後の癒合状態からは7級10号の「偽関節」の状態にはなく、脳や脊髄の損傷による麻痺が生じた場合でもないので7級4号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」にも該当しないとの理由により、被害者側の主張を認めませんでした。

 

③損害(付添費、自宅改修費)

裁判では、病院で娘が被害者に付添った際の付添費や、自宅の玄関や廊下等に手摺りを取り付けた際の費用(住宅改修費)、さらには、浴室入口の段差を下げ浴槽を交換するなど浴室全体の改修工事を行った際の費用(浴室改修費)も争点になりました。

 

まず、付添費については、入院先の病院は完全看護体制がとられていたので娘が付添看護をする必要性はないとの反論が加害者側からありましたが、裁判所は反論を退け、入院付添費として46万円を認めました。

 

また、改修費のうち浴室改修費については、浴槽の交換を含め浴室全体を改修することまでは不要である等の反論がありましたが、裁判所は、右股関節の可動域制限により浴槽の交換や浴室の段差を下げる必要が生じた以上、浴室全体を改修する工事を行うことはやむを得ないし、工事費用が不相当に高額ともいい難いと述べて、被害者の請求どおり住宅改修費18万9000円、浴室改修費39万4560円を認めました。

 

小林のコメント

①過失割合

本件のような道路状況における歩行者と乗用車の事故では、通常、被害者の過失は10%と判断されますが、被害者が高齢であったことから、高齢者保護の見地から5%と認定したものです。

 

②後遺障害等級

高齢者の場合、事故後、急激に日常生活の自立が失われる傾向があり
ます。特に、本件のように下肢機能に障害が残ると、運動能力の低下
に伴い全身の筋力が低下してしまいます。

 

このような高齢被害者の特徴から、本件でも、後遺障害の程度は12級よりももっと高いはずだと、被害者本人や近親者が考えるのはやむを得ません。

 

しかし、残念ながら、自賠責保険で認定された以上の後遺障害等級が裁判で認められるケースは多くなく、この点は高齢であってもなくても変わりません。

 

③損害

本件の被害者は、夫と娘と同居して娘と家事を分担していたので、裁判では、家事従事者としての休業損害や逸失利益が認定され、慰謝料や付添費、住宅改修費その他の損害を含め、総額850万円余りの賠償金が認められました。

 

【2024年1月26日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

(令和4年9月30日名古屋地裁判決/出典:ウエストロー・ジャパン)

 

事故状況

事故現場は、横断歩道なく、交差道路に優先関係のないT字路交差点。

被害者(65歳)は私病の手術後のリハビリのため1歩に1秒を要する低速度で突き当り路を横断中であったが、その際、交差点を右折してきた四輪車に衝突された。

 

けが(傷害)

右大腿骨転子部骨折、右肋骨骨折、腰部挫傷、頚部挫傷

 

治療期間

入院104日、通院期間382日

 

判決のポイント

①過失割合

裁判所は、道路状況その他の事故状況から、本件の過失割合は基本的に被害者15%、四輪車85%であるとしながら、次の理由により被害者の過失は0%と結論しました。

 

理由1:現場付近は住宅街なので被害者の過失を5%減算すべき。

 

理由2:被害者は65歳で、私病(がん)の手術後のため体力が低下していたから、高齢者修正として、その過失を5%減算すべき。

 

理由3:運転者は被害者と衝突して初めてその存在に気付いたもので、これは脇見運転とも同視すべき不注視と評価すべき事情であるから、運転者側の著しい過失として、被害者の過失を5%減算すべき。

 

結論:そうすると被害者の過失割合は0%となり、本件事故について過失相殺をするのは相当でない。

 

②後遺障害

被害者は、本件事故によって次の後遺障害が残存したと主張しました。
1. 右股関節の機能障害(後遺障害等級は12級)
2. 腰部痛、右下肢の痛み、しびれ感(後遺障害等級は12級か少なくとも14級)
3. 左母指、示指の感覚異常等(後遺障害等級は14級)
4. 以上を合わせると後遺障害等級は併合11級となる。

 

これに対して、裁判所は次のとおりいずれの主張も認めませんでした。

 

1について:被害者の右股関節の可動域角度は健側である左側と同じ数値である。よって、右股関節の機能障害は否定される。

 

2について:腰部痛・右下肢の痛み・痺れ感は、既往症である腰部脊柱管狭窄症によるものである。よって、本件事故による後遺障害とは認められない。

 

3について:左母指、示指の感覚異常等も、本件事故以前にこれらの症状を訴えて医療機関を受診していたことから本件事故による後遺障害とは認められない。

 

小林のコメント

被害者は事故前から、左頚部痛、左上腕~母指、示指にかけてのしびれ等を訴えて病院を受診し、腰部脊柱管狭窄症と診断され、頸部にも脊柱管狭窄が認められ、手術を受けていました。また、直腸の手術も受け、その後から左前腕・手指の痺れが悪化する等していました。

 

高齢の方の場合、既往症があるケースが多く、事故による傷害といえるか、事故による後遺障害といえるか、事故による治療の範囲はどこまでかといった点が問題になる事が多く、本件でも、これらの点が争点となりました。

 

提訴前の自賠責保険の判断は後遺障害非該当というものでしたが、裁判でも結果は変わりませんでした。なお、請求額は1564万円余りでしたが、認容額は468万円余りに止まりました。

 

【2024年4月19日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

(令和5年10月27日大阪地裁判決/出典:自保ジャーナル2166号20頁等)

 

事故状況

自転車で道路を斜め横断中に、左後方から自動車が衝突し、自転車から地面に投げ出され全身を強く打った。

 

けが(傷害)

両側肋骨多発骨折、両肺挫傷、左肩鎖関節脱臼、右鎖骨骨幹部骨折など

 

治療期間

約2年(入院日数259日、通院日数48日)

事故後、両肩が挙がらなくなったため手術を受けたが、改善せず、挙上制限の症状が残った。

 

自賠責保険の後遺障害認定

左肩関節について12級6号(可動域が4分の3以下に制限されていることによる機能障害)。右肩は後遺障害非該当。

 

判決のポイント

①右肩の後遺障害と事故との因果関係

被害者は、事故により右肩関節の可動域が2分の1以下になったことを理由に後遺障害等級10級10号に該当するとし、左肩の12級後遺障害と併せて併合9級であると主張しました。

 

裁判所は、事故後、被害者が右肩に強い痛みを生じ挙上困難となったこと、事故時に全身を強く打ち右肩にも大きな衝撃が加わったこと、主治医が事故前から存在していた腱板断裂が事故により拡大悪化し発症したと考えていること等を理由に、被害者の症状は事故前から存在していた腱板断裂が本件事故によって拡大悪化したものであるとし、事故との因果関係を認めました。

 

そして被害者の主張どおり、後遺障害は併せて併合9級に該当すると認定しました。

 

<注>後遺障害等級9級は、労働能力が事故前に比べ35%制限された状態を指します。

 

②過失割合

道路横断中の自転車と直進自動車との衝突事故では、基本的に被害者過失は30%とされますが、本件では被害者が高齢者であることが考慮され、被害者過失は20%と認定されました。

 

③素因減額

被害者の怪我と後遺障害については、事故前から存在していた右肩の腱板断裂が影響しているとし、このような被害者の素因を考慮して、被害者に生じた損害を30%減額するとされました。

 

この結果、裁判所は認定した総損害額から30%の素因減額をし、さらに20%の過失相殺による減額をし、最後に既払い金を控除し、約510万円の賠償金支払を命じました。

 

小林のコメント

交通事故では転倒時に肩の腱板を損傷することが珍しくありません。

 

しかし、自賠責保険に後遺障害の認定を申請をしても後遺障害と認めて貰えないことが殆どです。それは、腱板断裂を含む腱板の損傷は加齢によっても発生するため、事故との因果関係が厳しく判断されるためです。

 

本件では裁判を起こした結果、自賠責保険の認定を覆すことができましたが、事故前から腱板断裂があったという素因が考慮され、減額されました。

 

高齢者は既往症があることが多いため、高位の後遺障害が認定された場合も、本件のように素因減額がされることが多いです。

 

【2024年11月20日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

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