【高齢者の交通事故判例⑭】横断歩道上を自転車走行中、右折自動車に衝突され、脳挫傷、慢性硬膜下血腫などの重傷を負った69歳男性が1億3555万余りの支払を求めて提訴したケースで、請求額の一部のみ(3277万余り)が認められた事例
(平成25年 9月27日名古屋地裁判決/出典:自保ジャーナル 1911号1頁等)
事故状況
事故現場は南北道路と東西道路が交差する交差点。東西道路には横断歩道と自転車横断帯が設置されていた。加害車(普通乗用自動車)は南北道路から東西道路へ右折しようと交差点中央付近で右折待ち停止後、発進し、その際、横断歩道上で初めて被害自転車を発見し、衝突。被害者は自転車ごと転倒した。
けが(傷害)
脳挫傷,慢性硬膜下血腫,頭部挫創,右肋骨骨折,外傷性血気胸,末梢性めまい症疑い,外傷性右肩関節周囲炎など(初診時に意識障害あり)
入通院期間
事故から症状固定まで約1年9ヶ月(入院50日、通院日数64日)
後遺障害(自賠責保険の認定)
後遺障害等級2級1号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの」に該当)
請求内容
被害者は、不法行為に基づく損害賠償として、治療費、付添看護費、将来介護費、休業損害、慰謝料など合計1億3555万6345円の支払いを求めて提訴
判決のポイント
①過失相殺の有無・割合
加害者側は、被害者にも横断中に右方向の安全を確認しなかった過失があるとして10%の過失相殺がなされるべきと主張しましたが、裁判所は、被害者が高齢者であること,横断歩道(自転車横断帯)を通行していたことなどを考慮し、過失相殺を行うのは相当でないと判示しました。
②後遺障害等級
加害者は、被害者には高次脳機能障害が残存しているが日常生活は自立しており、介護は不要で、後遺障害等級は9級が相当(労働能力喪失率でいうと35%喪失)と主張しましたが、裁判所は、 自賠責で2級1号に該当すると判断されたこと(2級の労働能力喪失率は100%)、症状固定後、身体機能は回復したが、記憶障害や感情コントロール低下等の症状が残存しており、日常生活で声かけ等の介助が必要だとして、後遺障害等級は2級が相当であると判示しました。
③将来介護費
加害者は、被害者には将来にわたる付添や看視は必要ないと主張しましたが、裁判所は、被害者の懸命な努力により,症状固定後、自動車や自転車の運転が可能で,一人でゴルフ練習場に行けるなど日常生活動作はほぼ自立しているとしながら、記憶障害や感情コントロールの困難さが残存しているため、将来にわたり一定の介護が必要と判示しました。
もっとも、常時介護が必要な状態ではなく、日常生活における声かけや見守りなど、随時看視や見守りを要する状況であるとして、日額2000円の介護費用が相当と判断し、被害者の平均余命を考慮して、将来介護費を646万9990円と認定しました。
④休業損害
被害者は、工場経営者で自ら実働していたとして事故により21ヶ月間稼働できなくなったことを理由に休業損害として2100万円を請求しましたが、裁判所は、被害者が主張する会社の経営状況や取引に関する説明には不自然で不合理な点が多い、収入に関する的確な証拠がないといった理由により、休業損害の主張を認めませんでした。
小林のコメント
本件のように、横断歩道上を自転車で渡っていた高齢者が自動車に衝突されるケースは案外多いですが、本件のように脳挫傷等の重傷を負うケースは珍しいのではないかと思います。
また、本件では記憶障害や行動障害を伴う高次脳機能障害が残り、その程度は労働能力喪失率でいうと100%の2級相当と判断されました。
高齢者では事故前から軽度の認知障害を有している場合もあり、そのような既往の影響が考慮され賠償金が減額(素因減額)されることも珍しくありませんが、本件ではそのような減額もなく2193万円余りの後遺障害逸失利益が認定されました。
請求額との比較では認容された金額は少ないですが、妥当な判決と思います。
【2025年2月24日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか