【高齢者の交通事故判例⑥】路線バスに乗車中の高齢女性(83歳)が車内で転倒し右大腿骨転子部骨折を負った事故について、被害者過失を3割とし、女性労働者(70歳以上)の平均賃金の約7割を基に休業損害(家事労働分)が算定された事例

【2023年6月29日更新】

(平成28年5月20日東京地裁判決/出典:交民49巻3号617頁等)

 

事故状況

停留所でバスに乗り込み、車内中ほどの優先席(空席)の前で立ち止まり、車外の子に手を振っていたところ、運転手が着席を確認しないままバスを発進させたため、発信後、通路を挟んで優先席の反対側にある席に座ろうとした際にバランスを崩して転倒した。

 

けが(傷害)

右大腿骨転子部骨折

 

治療期間

約9ヶ月(入院約4ヶ月、通院約5ヶ月)

 

後遺障害

自賠責保険の認定は、右大腿外側の疼痛と右股関節の可動域制限により後遺障害12級7号

 

過失割合

被害者3割、バス側7割

 

判決のポイント

①過失割合

裁判所は、バス運転手が被害者の着席確認を行ってからバスを発進させていれば本件事故は発生しなかったとして、バス運転手の過失を認めた。

 

一方、被害者も、目の前の優先席(空席)に座らずに手すりから手を離して反対側にある席に移動しようとして転倒したことを理由に、事故の発生について過失があるとした。

 

ただし、双方の過失割合については、被害者が「83歳の高齢者であることを考慮するとその過失割合は3割と認めるのが相当である」と述べて、被害者に有利に認定した。

 

② 休業損害

被害者は事故当時、入院中の夫の面会に行って夫の身の回りの世話をしていたことから、裁判所は、事故によって夫の世話ができなくなったことを理由に、事故当時(平成25年)の女性労働者70歳以上の年収の約7割(200万円)を基礎収入として、事故による入院期間分の休業損害を以下の計算式により算定した。

 

計算式:200万円÷365日×114日=62万4657円

 

小林のコメント

①過失割合について

事故状況だけをみると、目の前の優先座席に着席せずに移動しようとした被害者過失の方が大きいようにも思えます。

 

しかし、判決文をみると、事故当時、路線バスでの高齢者の転倒・骨折事故が多発していたことや、国土交通省自動車交通局が、車内事故防止の最も重要な取組みとして発進前の高齢者等の着席確認を推奨していたこと、さらには、消費者庁が、公益社団法人日本バス協会に継続して事故防止に積極的に取り組むよう各バス会社への周知を要請していた事実などが認定されています。

 

裁判所は、このような社会背景を踏まえて、被害者である高齢女性の着席を確認せずにバスを発進させた運転手の過失を認め、尚且つ、交通弱者といわれる高齢者に有利になるよう、バス側に7割という重い過失を認定したものと考えます。

 

②休業損害について

無職の高齢者であっても、自分以外の家族等のための家事に従事していた実態があれば、裁判では、実態に応じた休業損害が認められます。

 

本件の被害者は、無職の高齢者でしたが、事故後は夫の世話(家事)ができなくなったため、裁判では、上記の算定方法により、休業損害が認められました。

 

因みに、被害者が受傷した右大腿骨転子部骨折は、脚の付け根に近い「転子部」の骨折で、骨粗鬆症の進んだ高齢者に多く、屋内での受傷が多いといわれています。

 

本件の被害者も事故当時83歳の高齢女性で、バス内での転倒事故という意味では、大腿骨転子部骨折の典型的な受傷例といえます。

 

【2023年6月29日更新】
執筆者:渋谷シエル法律事務所 弁護士小林ゆか

 

トップへ